事務所名の「不二」のこと、鬼平犯科帳のこと
当事務所の「不二」はフジと読むことにしていますが、仏教用語ととしては、フニが一般的なようです。「現象的に対立する二つのことが根底的には一体であること、差別のないことを説く仏教の教え」のようです。
「善悪不二、邪正一如」などという使い方をされます。善人・悪人といっても、仏の絶対的な公平の前には差別はないという意味だと説明されています。ある人間の視点から見て、都合の良い性質をもった人間が善人とされ、都合の悪い性質をもった人間が悪人とされているだけなんでしょうから、大宇宙のようなスケールをもった仏という存在の視点から見ると、やれ善人だ悪人だと人間が勝手にいっていても、それは目くそ鼻くそみたいなもんで、全く差がないことになるのでしょう。
これと対立する考え方に「勧善懲悪」というのがあります。善人と悪人をバッチリ区分し、正義を愛し悪を懲らしめるというわけです。日本人は昔からこれが好きなようです。歌舞伎やテレビの時代劇なんかも大体これが多いですね。私も「正義の味方」が嫌いなわけじゃありません。ただ、悪人のレッテルを張られる人の哀しみもわかる人間でありたいとは思っています。
私は、刑事弁護にかかわる弁護士の心を表す旗印には、この「善悪不二」がふさわしいと思ったわけです。「風林火山」の旗印みたいなもんです。そういうわけで弁護士法人の看板には私の旗頭を大書してあるわけです。
ところで話は少し変わりますが、私、「鬼平犯科帳」という時代劇が大好きで、中村吉右衛門が演じる鬼平こと長谷川平蔵に「これぞ男の鑑」とぞっこん惚れ込んでおります。その鬼平が繰り返しつぶやく台詞があります。
「人間という生きものは、悪いことをしながら善いこともするし、人にきらわれることをしながら、いつもいつも人に好かれたいとおもっている……」
「人間というものは妙な生きものよ。悪いことをしながら善いことをし,善いことをしながら悪事を働く。心をゆるし合う友をだまして,その心を傷つけまいとする」
「人間というやつ、遊びながらはたらく生きものさ。善事を行いつつ、知らぬうちに悪事をやってのける。悪事をはたらきつつ、知らずしらず善事を楽しむ。これが人間だわさ。」
繰り返し語られるこの「人間(ひと)とは妙な生き物よ。悪い事をしながら善いことをし、善いことをしながら悪事を働く」というフレーズがこの時代劇の基本テーマであり、作者の池波正太郎のメッセージなのでしょう。そして、この台詞はものすごい説得力をもって私の胸に刺さってきます。
世間の人は、鬼畜のような犯罪者とこれに蹂躙されたかわいそうな被害者に二分し、自分を善の側に置き、悪である犯罪者を容赦なく懲らしめ、善人を守る「正義の味方」に拍手喝采します。それはそれで健全なことで、勧善懲悪の時代劇はそういった人の心にアピールするのでしょう。
しかし、私が犯罪を犯す人たちに持っている平均的なイメージは、「適応能力が平均より少し劣っていて、その能力では支えきれないような重い人生を背負った人」というものです。やってしまったことはどうしようもなく無惨なことでも、それをやってしまう人間は「人の格好をしたケダモノ」ではないのです。多くの犯罪の背景には、貧困、差別、病などがあります。別の犯罪の被害を受けた人が今度は加害者となってしまう犯罪の連鎖を見ることもあります。
このあたりの事情を明らかにし裁く側の人々の心情に訴えていく、これが刑事弁護人の仕事です。
「いやいやこの人はわれわれと同じ血の通った人間なんですよ。」というためには、リアルで血が通った人間観を示し、捜査機関の描いた紋切り型の犯罪者像と対置していくことになります。
鬼平の魅力は、勧善懲悪だけでない「悪い事をしながら善い事をし、善い事をしながら悪事を働く」というリアルなその人間理解にあります。
完全無欠な善人なんていないし、完全な悪党もなかなかいないものだよ。だから、変な先入観を捨てて、ありのままの人間を見ていこうよ。悪党だって色んな物を背負って苦労して生きているんだよ。
人の心の機微に通じ、時には仏となって助け、時には鬼となって切る。そういう鬼平に私はあこがれます。
中村吉右衛門の男っ振りにもしびれるじゃありませんか。男はこうじゃないといけません。
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